『ツール・ド・モンブラン』トレッキング 2/5

◎ 初日 (8/20 土)
 
  関空19:00=(TG775)=22:00バンコック0:30=(TG970:機中泊)=7:10チューリッヒ
 
 リーダーYo氏の度重なる粘り強い現地との交渉の結果、実現した「ツール・ド・モンブラン」トレッキング(以下 TMB と略す)の出発日を迎える。 多大に胸膨らませ混成チーム14名が京都駅で集合、「はるか」で関空に向かう。 
 夕刻、タイ航空で空に舞い上がる。 バンコックまで5hr、トランジット2.5hr、ここで乗り継ぎチューリッヒまで11.5時間、計19時間の旅は長いが、経費を節約するには仕方がない。 考えようによっては直行便より一度外の空気に触れリラックスできるので良いかも・・・・。 機内は満席、安眠とはいかないが・・・・グーグー,ムニャムニャ???
 
◎ 2日目 (8/21 日) 曇/雨
 
  チューリッヒ9:13=(スイス国鉄)=11:42ローザンヌ12:46=(スイス国鉄)=13:39マルティーニ13:44=(登山鉄道)=15:19シャモニー(ホテル泊)
 
 早朝、チューリッヒ空港に到着、空は曇天、雨になりそう。 荷物検査フリーパス、パスポートもチラッと見せたのみ。 以後、スイス→フランス→イタリア→スイス→フランス→スイスと渡り歩いたが、帰りのチューリッヒ空港で、またまたチラッと見せるまでパスポートを提示することもなかった。
 
 空港地下からスイス国鉄に乗り込みロザンヌに向かう。 途中、スイスの田園風景を堪能、列車の旅もいいものだ。 ローザンヌ駅にてスナックで腹ごしらえし、今度はマルティーニへと向かう。 途中からローヌの谷に入り山間部にさしかかる。 このまま乗り換えなしに進めばツェルマットの入り口の町、ブリークに行くが、我々はマルティーニにて下車し、登山電車に乗り換えシャモニーへ。 
 ラック式の登山電車はどんどん高度を上げるが残念ながら雨となり山景色は雲の中。 しかし、路線際にはヤナギランやエリカetcの花が目立つ。 国境(スイス→フランス)の村シャトラードで乗換え今度はシャモニーに向かって下っていく。  山岳小説で記憶のある町アルジェンティエールを通りシャモニー・モンブランの町に着く。
 
 駅前通りを下るとすぐ右手に予約しているホテル・イザベルがあり、チェックイン。 二つ星ホテルだが女主人は日本語を話し、こじんまりしている。 TMBが目的だから、これで十分だ。
 
 シャワーを浴び、早速、観光センターに出向き、日本語コーナーのベルナデットさんから情報を得る。 帰り、町を散策後、今夜は現地料理が良かろうとレストラン「ベスト・モンブラン」で予約。
 25年ほど前に一度きているが、町は大きくなり新しい建物がずいぶん増えているようだ。 ただ、昔利用したホテルは修復のあとが痛々しく歳月を感じさせられた。
 
 夕刻、ホテルにお願いしていたガイドの中島さんが来られ、TMBのコース打ち合わせをする。 TMB2日目、小屋の予約が取れなかったため、長距離で無理があるので初日の予定を変更しバスで移動しようということに決定。 すぐ変更手配をしてくれる。 これで懸念していた件が解消された。
 
 夕飯はレストランでラクレットと現地式石焼肉(名前が思い出せない)としたが多少、脂っこい感じ。 デザートのアイスクリームは大きく味が濃いのには参った。

 雨は数日前から降り続いているといい、今夜も止みそうにない。
 
チューリッヒ空港地下に乗り入れているスイス国鉄の
ホームにて記念に一枚
(Mu氏撮影)
  
◎ 3日目(8/22 月) 雨
 
  シャモニー=(登山鉄道)=モンタンヴェール=(登山鉄道)=シャモニー(ホテル泊)
 

 残念ながら、雨は降り続いており止む気配はない。 TMBは明日からで今日は軽いトレッキングの日、しかし、周囲の山々は中腹から上、雲の中。 町の散策も面白くないので登山電車でモンタンヴェールまで出向きメール・ド・グラスの氷河見物に出かける。 登山電車と氷河洞窟に下りるゴンドラとで往復22ユーロ(約3000円)と安い。
 
 雨のため観光客は少ない。 モンタンヴェール駅からは滔々と横たわる大蛇のようなメール・ド・グラス氷河に圧倒される。 氷河の左右モレーン帯から一挙に急峻な山々がそそり立っている。 頂上部分は雲の中だが、あそこにグランド・ジョラスの北壁が、ここにはヴェルテ針峰(4121m)やドリュー(3754m)の岩壁があるはずと想像する。

 ゴンドラで氷河下までおり氷河洞窟へ。 洞窟は氷河のゆっくりした流れで崩れるらしく数個の古い洞窟跡がある。 あと周辺を散策しレストランでスナック・ランチ。 食べ物は意外に高い。 
 
 午後、ホテルに帰り、町中をブラブラと散策する。 夕刻、観光協会の横山さんの訪問を受け情報を得る。
夕飯は氏の紹介で現地料理のフォンジュなどいただく。
 
 雨は依然として強弱はあるが降り続く。 明日から好転するとの予報らしいがそうあってほしいと祈るのみ。
 

メール・ド・グラスの大氷河 
正面奥にグランド・ジョラスの北壁があるはず

氷河洞窟の入り口
氷河の側面があらわれている

氷河洞窟の内部  
廻りは全て氷河(下は滑り止めのシート)

登山電車終点奥の針峰群
    

グラン・モンテ(3295m)からの氷河舌端から流れ
 下る大滝  この右上にドリューの岩壁があるはず

モンタンヴェール駅にて
(Mu氏撮影)  
  
◎ 4日目(8/23 火) 曇/晴
   TMB 初日

 
 シャモニー8:40=(バス)=11:20シャピュー(1549m)13:30〜15:00グラシェ(1749m)15:10〜15:40モッテ小屋(1870m)泊
       
歩行 6.8km   歩行時間 1時間50分   所要時間 2時間10分 
 
 朝、雨が止んでおり青空が少し覗いている。 天気になる兆候らしい。 7:30朝食、チャーターバスにのり8:40ホテル出発。 当初の予定ではボンノム小屋に初日宿泊の予定だったが予定変更でバスで大迂回をしてシャピューに周りトレッキング開始である。 これが大正解。 あとで聞いた話ではアルプスからバイエルン地方にかけての長雨で各地で浸水し、当初の予定コースだったコンタミヌスの町でも浸水で道路が不通になっていたらしい。
 
 我々はいきなりロングドライブとなったが青空が次第に広がり、フランスの山間田舎風景を楽しむ。途中、映画「シャレード」の撮影場所となった高級住宅地というメジェブとやらいう町を車窓から見物することも出来た。
 途中、ビューフォートで休憩、2時間40分かかってシャピューに着く。
 
 シャピューはレストランホテルと土産物屋があるのみ、トレッキングの宿泊・休憩地・キャンプ地であるようだ。 車で来てトレック開始の人、ボンノム峠から下ってきて通過していく人がいる。 我々はレストランにて簡単に昼食としたが準備に結構時間がかかる。
 
 今日は2時間強の足慣らしコース。 最初、グラシェまでヴェニの谷につけられた車道を歩くが時折車の往来がある。 道端には珍しい花や日本で見る花があらわれ女性はカメラに収めるのに忙しい。 ために隊列がどうしても長くなるが今日は大目に見ることにする。 グラシェで休憩。 ここはボンノム峠から降りてくるヴァリエーション・ルートの合流点で数軒の牧畜小屋があるのみ。 ルート案内表示板はしっかりしており行き先までの歩行時間が表示してあるものの日本人にはハードすぎる所要時間である。 コンパスの違いは如何ともしがたいか。
 
 グラシェからは山道となり雄大な景色を見ながら短時間でモッテ小屋についてしまう。 小屋は古く食堂と宿舎は別棟で、宿舎は以前牛舎だったらしい。 でも、中は小奇麗なドミトリー形式でベット布団が並んでいる。 日本の小屋になれた我々には十分なスペースでもある。
 
 しばらくして食堂に集いアルコールで団欒する人、囲碁をする人、そして可愛らしい小屋の少女に折り紙を教える人とまちまちに時を過ごす。 柴ちゃんは下戸なのでホットココアを注文すると、なんと丼一杯ほどの容器で出てくる。 カップ4杯分ぐらいあり3ユーロ(420円)だから決して高くない。 以降立ち寄った場所でココアを注文した人がいたが、ここだけのサービスらしい。
 夕食はパン付豆入りスープに肉のワイン煮込みでお替わりあり。 全員うまいと食欲がはずむ。 お替わりは以降どの小屋でもOK.。 これがのちのち問題を引き起すことになる。 2食付で料金32ユーロ(4500円)は安い。
 食事中、小屋の女主人のアコーディオン演奏にあわせ、Yoリーダーの腰を振りながらの写真撮影に盛り上がり、ダンスに興じる人も出て一同楽しく時を過ごす。
 

シャピューへの途中、多数あるスキー場のひとつ

バス休憩したビューフォートの町 川は氷河の融水

シャピューにて、いよいよトレック開始

シャピューのキャンプ地 奥がヴェニの谷 

シャピューのレストランでの昼食

広々したヴェニの谷を奥に向かって歩く

ヴェニ谷を奥に向って最初車道を歩き始める

登りをかせぐ。奥下はシャピュー

エギュー・ド・グラシェ(3816m)と左はセイニュー峠

エギュー・ド・グラシェ(3816m)の山頂部が頭を出す

左手前はグラシェ村  右奥がモッテ小屋

グラシェにあったルート案内板

グラシェの教会とエギュー・ド・グラシェ

モッテ小屋への道 明日は右のセイニュー峠を越す

モッテ小屋 右が宿舎、左は食堂 奥は経営者住宅

モッテ小屋の手前 ロバとともに(Mu氏撮影)
  

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