
関空の出発便 |

シンガポール空港の待合ロビー |
| Singaoore EK067 |
発 03:20 |
| Dubai |
着 06:40 |
| Dubai EK423 |
発 08:10 |
| Nairobi |
着 12:30 |
| Hotel 1700m |
着 15:30 |
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シンガポールでのトランジットなんと9時間には参った参った。 最初はショッピングに足をむけるがすぐにあきる。 こんなときの時間潰しを考えなければ。 全員うんざり。 夜食に中華丼らしきもので腹ごしらえしたが意外に旨い。
空港内のお店も24:00で閉店。 昼賑わった空港も真夜中は閑散となる。
深夜発ドバイ(アラブ首長国連邦・United Arab Emilates)へは7時間20分のフライト。 EKは2年連続The
year of Airlinesを受賞しているとかで食事も設備も合格点か。 しかし、フライトは満席状態で疲れる。 軽食・朝食の2回はやはりヘビー。
ドバイはさすが石油成金の空港と言った感じ。 設備も抜群、高級店もズラリといったかんじ。
厚手タオルを巻いた金持ちそうな巡礼者には風呂上りで歩いているのかと驚く。
トランジットは時間短く助かる。 最終のナイロビへのフライトは5時間20分。 これも満席状態。 またもや軽食と昼食の2回。 勘弁してくれ。 それでも卑しいのか手をつけるあさましさ。
日本出発後、30時間でやっとナイロビ到着。 なんと遠いアフリカなんだろう。疲れた疲れた。 20数年前にきた空港のイメージは残念ながら全くない。
日本語の達者なUTCハリス氏の出迎えを受け空港内のレストランでバイキング昼食。 腹一杯で食欲ない。 食えるはずない。 それどころか腹の調子がどうもおかしい。
これからずっと下痢と胃炎で道中悩むことになろうとは。
食後、バスにてナイロビ市街を抜け、宿舎のHOLIDAY INN MAYFAIR COURT へ。
このホテルは元英領・保養ロッジの痕跡有り、表通りの喧騒とは隔絶された世界。
夜はホテル・レストランでコース料理。 腹減らず食えるか。 それに馬鹿でかいボリューム。
部屋はKR氏との相部屋。 感じの良い老紳士で夜はフライトの疲れも有り熟睡。 |
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| HOLIDAY INN MAYFAIR COURTの中庭 |
宿舎のプール |
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| 宿舎に咲くブルーの花 |
宿舎の中庭にての柴ちゃん |
| Hotel |
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| Naromoru 1800m |
AR 11:50 |
| Naromoru |
LV 14:05 |
| 公園ゲート2430m |
LV 15:40 |
| バス下車2810m |
LV 16:25 |
| Met station 3048m |
AR 17:15 |
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MAYFAIR COURT を早朝2台のランクルで ナイロビの北250kmのナロモルに向かう。
ナイロビ市街を過ぎるとサバンナ地帯というより砂漠地帯に近い平原地帯。 国道の舗装はしっかりしているが、その両側には地道の歩道が続き、黒人国民が多く利用している。
ナロモルに近づくと丘陵地となり、コーヒー・マンゴーetcのプランテーションが目に付く。
右手にはケニア山の険しい岩峰が次第に近づいてくる。
昼前、NARO-MORU RIVER LODGE に到着。 周囲住民とは隔離された西洋人用ロッジとして
利用されている。 ゆっくりバイキング昼食を済ませ山登り用トラックにて出発。
車がすれ違うと物凄い埃には全く閉口。 途中、現地ガイド1名・コック1名・ポーター14名の16名が乗り込み満席となる。
メットステーション の手前で下車、高度順応のため約1時間樹林帯を歩くが体調悪くつらい。
Met-Station Lodge は小屋が数件、我々は10名一緒の2段ベット小屋。
厚いウレタンマットで快適。 夜、高山病・呼吸法・高山の歩き方・測定器(酸素吸収量・脈拍数)の使用法につき OT氏
よりレクチャーを受け、記録紙の書き方を教わる。 朝方屋根を猿が歩き回る。 遠くにバッファローも見かける。
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| NAROMORU RIVER LODGE の玄関 |
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| ロッジの中庭 ロッジの外は砂漠同然だが |
メット ステーションの山小屋(3048m) 屋根に猿 |
4日目 2/6(水) 晴/曇
Met Station
LV 07:15
3048m
Picnic Point
AR 12:00 3810m
LV 12:20 3810m
Mackinders Camp
AR 15:00 4200m |
メットステーションから樹林帯を2-3時間歩くと、徐々に潅木帯に変わり、下の大平原が霞んで見える。
3800mぐらいからは潅木帯も傾斜が緩くなり雄大な風景に変わる。
植生も日本とは全く異なる。 サボテン類が多くを占める。
4000m付近から高山病症状があらわれ、TS TT THの3名が嘔吐を繰り返し、グロッキー気味となる。
小生の体調も改善されず、多少のむかつきも出る。 KKは何の症状もなく全く元気であきれる。
他の4名は比較的元気。
4000mを過ぎるとほぼ傾斜なくなるが、 マッキンダースキャンプまでは実に長く高山のためつらい。
リーダーの OTは弱い人を隊列の前に出そうと指導するが前に出る気力なくうまくいかない。 以後、リーダーに対する批判がそこかしこに出る。 難しいことではある。
マッキンダースキャンプ の小屋は大部屋の2段ベット。 小屋の周辺にはハイラックス(マーモットに似ている)が愛らしく多数出没する。
夕刻、高度順応のため、100mほどあがるが柴ちゃんの体調極めて悪い。
夕食で食欲ある人は数人。 殆どが食欲ない。
小生は胃炎・下痢・多少のむかつきが続き明日はむりせず無茶な登頂は止めようと肝に命ず。
同僚の KKは全く快調のよう。 高山の影響はないというのも驚き。
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| 砂漠の花 ??? |
ピクニック・ポイント辺りの風景 |
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| 珍しいサボテンが増えてくる |
珍しいサボテンが増えてくる
谷奥がマッキンダース・キャンプ |
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| 珍しいサボテンが増えてくる |
丸々と太ったハイラックス 人を怖がらない |
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| ケニア山群 高度5000m前後 ロッジは4200m |
ロッジ看板と最高峰バチアン5199m |
5日目 2/7(木) 晴/曇
Mackinders Camp
LV 02:05 4200m
折返点
AR 04:30 4500m
Mackinders Camp
AR 06:30 4200m
LV 13:15 4200m
Met Station
AR 16:43 3048m
River Lodge
AR 18:00 1800m |
ケニア山の最高峰はバチアン(5199m)だが我々はレナナピーク(4985m)を目指し、深夜2時過ぎ出発。 柴ちゃんの体調改善されず4500mで早々にギブアップ。 同時にTSも断念したのでアシストガイドとともに引き返し小屋で待機。小屋で休憩中、嘔吐する。
前進した隊は2班に分かれ先発隊は KR MK SC KK の4名、後発隊は TH TM TT
の3名。 いぜれもレナナには登頂し小屋に 9:30-10:00にかけ戻るが全員相当きつかった模様。
キリマンジャロの高度順応としてはハードで数人はグロッキー気味。 KK も頂上近くではさすが高山病症状でたようで苦しかったという。
昼食後、下山に入るが登頂した人はかなりつらそう。 長い長い下山道であったが、柴ちゃんは小屋での休憩が聞いたのか比較的楽に下山。
メットステーション には全員疲れ果てて到着。 すぐトラックに乗りNaromoru River
Lodge へ。
ロッジでは 洗濯・バイキング夕食後、ベットで爆睡。 |
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| 最高峰バチアン5199m 手前はサボテン砂漠 |
バチアンから右方向に連なる5000m峰 |
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| 帰路で見たバチアン峰 |
帰路の風景 4000m付近 |
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| ナロモル・リバー・ロッジの中庭 |
ロッジの宿舎 |
6日目 2/8(金) 晴
River Lodge
LV 08:30 1800m
Nairobi赤坂
AR 11:50 1700m
World Heritage
AR 13:30
Namangu
AR 16:30
Serena Lodge
AR 18:30 |
昨夜は熟睡できた。 早朝は冷気が漂い快適な朝を向かえる。
今日は2台のランクルに分れ ナイロビ へ。 道中は周りの風景を楽しみながらスナップ写真を撮る。
ナイロビでは日本料理の赤坂で魚料理を食べる。 その後、ワールド・ヘリテージで土産物を覗く。
ナイロビからは南250km方面にむかい、ナマング に近づくにつれ蟻塚が多くなり、マサイ族の長身で赤い民族衣装が目に付くようになる。 ナマング
は赤い賑やかな町といったところ。
ナマング からは1時間。 アンボセリサファリ国立公園に入る。
人家が途切れ暫くすると、突然目の前にキリン・シマウマが現れてくる。 KKさんは奇声を発し興奮気味。
アンボセリは大平原であり地平線がはるか向こうに蜃気楼とともに揺らいでいる。 南部の大平原の先にはキリマンジャロが神々しく聳えている。
遠くには無数の動物がみられるが今日道路わきで見た動物はキリン・シマウマ・トムソンガゼル
・バッファロー・ヌウ・ダチョウ・ハイエナ・象・ライオンetc。 鳥も多数みられた。
夕刻、象の大群(30頭ぐらいか)をみ、ライオンの一家(10頭ほど)を見れたのはラッキー。
特にライオンの場所にはサファリ・カーが無線連絡で集合し、ライオンより多いのに驚く。
しかし、ライオンの方は人間に全く興味を示さず悠然と構えているのはさすが猛獣の王者か。
大平原に沈む夕日は格別で、日本で見る光景とは何かが違う。 なんだろう。
日暮頃、Amboseli Serena Lodge に入る。 またまたバイキング料理。 素敵なロッジではあるが、遅いチェクインで早いチェクアウトのため、楽しむ暇がない。 日本人特有のロッジ利用法。 悲しい日本人の性か。 あーあ。 |
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| ナイロビへの帰路 薄くケニア山が見える |
道路沿いの屋台 |
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| 土産店での民族衣装プリント生地 |
土産の木彫り製品 値段は交渉次第 |
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| アンボセリ自然公園内 |
キリン |
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| シマウマ |
象の群れ |
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| ライオンの子供 周りはサファリ・カーで一杯 |
大平原に沈む夕日 |
7日目 2/9(土)晴
Serena Lodge
LV 07:00
Manangu
LV 11:30
Arusha
AR 13:00 1530m
LV 14:30
Capricon Hotel
AR 18:00 1700m |
早朝のサファリ見学のためロッジを早く出る。 例によってロッジ周辺を楽しむ暇なし。
今日はOPでマサイ部落見学(US$50)。 ツアー会社の事前説明悪いとクレームつける人あり。 ロッジから車で10分のマサイ部落へ。 20軒程度の集落。 土壁の家が並ぶ。 男女が歓迎の踊りで5人の客を迎えてくれる。 その後、土塀でかこまれた部落内へ。 習慣・生活内容・薬になる樹片など説明あり、火をおこす実演をみる。 土壁の家内部も見学。 S字型の入口を入ると真中に土間、周りに3部屋あり夫々に明り取りの
小窓がついている。 意外と臭いはしない。
樹柵で囲まれた部落内には家畜(やぎ・ロバ)が飼われ草を食べている。 家畜の大きな糞があちこち落ちており、うっかりするとふんずけそう。
その後、露天土産店に案内されるが買いたいものなし。 なんだか買わないのがうしろめたい感じ。
最後は子供の学校を案内するというのでついていくと、なんと大きな木の下が学校という。
20人程度か。 歌で歓迎してくれる。 人見知りし可愛いが、最後大人が学校への寄付をせがみ魂胆が見え見え。
帰り、車に乗り込むとき、踊りで再度送ってくれるのかと思ったら、我々の出発前に部落へ帰ってしまった。
我々の寄付がたりないのか、土産をかわなっかたのが原因か。 なんだか後味悪い。
その後、サファリを楽しみながら ナマング へ。 動物・鳥は多く見かけるが昨日ほどの感激はない。
今日は 象・ヌウ・バッファロー・トムソンガゼル・キリン・シマウマなどで昨日と変わりなし。 鳥類は名はわからぬが珍しいのが多い。(太陽鳥・ほろほろ鳥・エジプトガン・カンムリツル・・・・・・)
ナマングにて先発隊と合流し、ケニア出国の手続きで各人パスポート携行しイミグレへ。
簡単に出国手続き終了し、国境の中間地帯で車をバスに乗り換えタンザニア側へ。
タンザニアの入管は混んでおり大変そうだがUTCのエージェントが一括代行してくれ意外と簡単。
一路、アルューシャ へ1.5時間のドライブ。 タンザニア側は北海道を彷彿とさせ畑もよく開墾されている。
農家はブロック造りでナイロビ周辺のケニアの農家よりは裕福そうに見える。
アリューシャ のホテルレストランでまたまたバイキング昼食。 窓辺に咲く赤い花が満開で目を引く。
売店にてキりマンジャロ・コーヒーを見つけ購入。(US$5.-)
マラング の Capricon Hotel までの長距離はさすがに眠気に負け殆ど記憶なし。
ホテルの手前で目が覚め、美しいキリマンジャロの雄姿を仰ぎみるが 遠いなぁー。
どのホテルでも充分お湯が出ないのには困る。 ここはアフリカ。 日本ではないのだから・・・・
夕食後、売店で記念バッチを購入。 明日からのキリマンジャロに備え睡眠。 |
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| マサイ部落を訪問した折の出迎え風景 |
着飾ったマサイ族の女性 |
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| 柵に囲まれたマサイ部落の中庭 手前は家畜 |
マサイ部落の全景 周囲は平坦な草原 |
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| 象の一家 |
ケニアからタンザニアに入ると豊な草原地と変わる |
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| カプリコン・ホテル前 |
ホテル近くからみえるキリマンジャロ山 |
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